瑕さえ愛しき…
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


女性のアラビアンな衣装というと、
ついつい、
身に沿うシルクのインナー(チョリ)と
更紗のロングスカート(若しくはハレムパンツ)に、
小さなメダルが縁取りにと連なって下がったコインベルトや、
ヒップスカーフを腰に巻いて、
オーガンジーの長いベール…なんてのを想像しておりましたが、
そういう画像を探すと、ベリーダンスに辿り着きます。
つか、そっちへ向かえばイメージにジャストミートの衣装がいっぱいvv
でもって、これらはどっちかと言うと、エジプトやモロッコ系なんですね。
(チョリはインドのサリーの内着でもありますね。)
アラビアンナイトの絵本なんぞによく出てくるような、
スルタンの御前で嫋やかに舞う、
肉惑的で妖麗な美人たちを連想してしまっていたもーりんでしたが。
実際の…というか、本来、アラブの女性たちは、
年頃になると 髪や体の線を極力隠す いで立ちをすることと
しきたりから決まっているそうです。
よく南米が美人の宝庫と言いますが、アラブの美人も負けてはいません。
むしろ、秘しているから話題に上らないだけかもというほどに、
印象的な目鼻立ちに蠱惑的なプロポーションの、
国をかけての争いさえ、
起こって当然という美人ばかりだそうでございまし。
そーか、それで隠しなさいという戒律も生まれたんだなぁ。


当シリーズでも、
日頃は基本、ヒジャヴやベールで 髪から体から顔から、
すっぽり覆っているお妃様たちだ…としておりますものの、
時折 その描写をうっかり忘れる迂闊な奴でして。
まま、舞台となっているのが“後宮”だからとか、
唯一姿をあらわにしてもいい覇王様と二人きりだからとか、
そういうシチュエーションのお話が多いので、
ついつい気を抜いてしまっての“やらかし”でして。
あと、微妙にフィクションだからということでの、
こちらは故意に設けた掟破りが一つほど。
いくら王宮の最も深いところに位置する内宮だとはいえ、
女官や侍女、衛兵の女傑までもが顔や姿を覆っていては、
誰が誰なんだか見分けがつけにくいので。
暗器を装備した間諜や刺客が紛れ込まぬよう、
且つ、覇王のお宝を攫われぬようにという用心から。
三人のお妃以外は、
内宮に限ってながら顔を出しておるようにとされてもいて。
翡翠に瑪瑙、琥珀という三つの宮それぞれに、
その宮なりの決まりごともあろう中、
この一条だけは例外を認めずとされた絶対の法規。

 では、一体どうして
 それが わざわざ
 明文化にも近い決まりごととなったのかといえば……




      ◇◇◇



見渡す限りのすべてに砂の丘ばかりが連なり、
天にほぼ常に君臨するは太陽のみ。
水やラクダの用意があっても、
星の運行や、陽と刻紡ぎの算術にて割り出される方位方角を見失えば、
たちまち海上の舵なき船の如くに遭難するという
広大にして苛酷な乾いた地。
なのに、悠久の歴史を紡ぐ地域という立場では、
欧州とも東亜とも一線を画すほどに、
繰り返し繰り返し王朝が立っては覇権争いの動乱に揺れ、
様々な民族を生み出す大元の地ともなった この沙漠の帝国を、
有史以来最大という規模でその手へ掌握している
現世唯一の覇王様があり、名をカンベエという。
王朝自体はその父、先の王が立てたものだが、
それへの建立の先駆け、台頭の軌跡のあちこちにて、
一司令官として彼が率いた軍勢が大きに功績を成したり、
武将としてその身一つで仕掛けた大胆な駆け引きや、
軍師となって敷いた巧妙苛烈な知略のあれこれが、
戦線の形勢を大きく動かしたり。
小気味のいい鮮烈なものから、
巧緻なのだか狡智なのだか、錯綜させたる智慧の利いた策謀までも、
目覚ましい活躍を綴った存在だったのは誰もが知るところでもあり。


  そんな覇王には、現在三人の妃がおいで。
  いづれもそれぞれの生国にて美姫と名を馳せた、
  畏くも首長格の宗家におわした皇女様ばかりであり。
  それはそれは瑞々しくも麗しい、
  水蜜桃のように匂い立つよな嫋やかさと、
  気品や知性を兼ね備えた、宝珠のような佳人たち。
  しかもしかも、
  仲たがいなんてとんでもないと、
  それぞれに姉よ妹よと親しみ合い、
  いたわり合うよに過ごしておいで。
  時には、覇王をこらしめる悪戯まで
  示し合って繰り出す 睦まじさゆえ、

   天下を制した覇王でも、
   容易には逆らえぬとするほどの。
   そうまで手ごわい相手がいようとは、と

  そこもまた、民草にはいっそ親しまれてもいる
  王宮内の睦まじさであるようで……。



…という旨は、
特にわざとらしく誰ぞが喧伝したことではなく。
いろいろな経緯あっての当地へ会した三人の妃らは、
多少の壁やら内緒やらこそあれ、
別段お互いへの遺恨があるで無し、
さほど刻を経ることもなく
胸襟開いて打ち解け合った間柄。
自らへと与えられた宮の内にては、
仕える侍女らの立ち居振る舞いに障りがあれば注意もするし、
生国から持ち込んだり、王から頂戴して、
それぞれが保持する絹や宝石、飾り細工に鏡に香木、
練り香や椿の香油に、剣に小太刀、
干し肉に、辞書に経典、巻物に地図に…と。
何だか後半が随分と怪しいものの、
(苦笑)
そういったお宝、贓物への手入れや管理へも目を配り。

 「干し肉ってのは何ですか?」
 「イオのおやつだ。」
 「あ、キュウゾウ殿のところで味をしめたのですね。」

どうも最近、気に入らぬ献立だとふいっと姿を消すと思ったらと。
心にあったものを口へと上らせた翡翠の宮様だったのへ、

 「あ…。」

常からも寡黙だが、それでも…声になるかならぬか、
そんなかすかな気配で戸惑って見せるは、琥珀の宮様。
周囲からの勝手な評を大きく裏切る、大人しやかな様子を感じ取り、

 「いえいえ 構っていいのですよ。」

あれは皆のかわいい妹ですものと、穏やかに微笑ったシチロージ様。
紅の双眸をいたわるような微笑と共に覗き込み、
やんわりとかぶりを振って見せながら。
ただ、甘えるのへほだされぬよう、ほどほどにと付け足せば。

 「……。(頷、頷)」

それは素直に頷いてしまわれる、キュウゾウ様の可愛らしさよ。
かように、寄ると触ると、
他愛ないお話に 朗らかに笑いさざめき合ったり、
髪を結い合い、紅をさし合い、
綺羅らかな絹や宝珠で互いを飾っては慈しんだり。
そうかと思えば、声を低め、美しい額を寄せ合って、
何かしら相談ごとに真剣に集中なさっておられたり。
本当の姉妹でもこうはいかぬというほどの睦まじさで、
時を過ごしておいでになられ。
今日も、

 『東亜から珍しい香油が届きましたので』

柔らかな赤毛も闊達そうながら、
渡来ものや機巧にかけては学者はだしの
第二妃ヘイハチ様がお誘いの声を掛けての集まり。
砂漠にはあり得ぬ贅沢ながら、
豊かな水脈を生かしての、こちらほど広い浴場があればこそのこと。
妙なる香もかぐわしい浴用香料を口実に、
幼い和子同士のように、共に沐浴をと はしゃいでののち。
ナツメヤシの大きな葉が丁度いい庇になっていて、
涼しい風が穏やかに通り抜ける木陰の回廊で。
これも贅沢な木綿の織物を山と詰み、
侍女らの手も借りて、髪や肌から水気を拭うておったれば、

 「?」

日頃、人目を避けるためにと、
きっちりとベールで覆っておいでなことも助けになっているものか。
それは見事な豊かさと燦めきを保ったままに、
相当な長さの金の髪を伸ばしておいでの、
翡翠の宮様こと シチロージ様だが。
今はそれを全てほどいてのこと、
丁寧にくしけずるところをよくよく見やれば、
微妙なところが一掴み分ほどの一房、ちょんと短くなっていて。

 「………。」

それを…さりげなくも遠慮しいしいのそろそろなぞとではなくの、
じいっと見つめ続けるキュウゾウ様だと気がついた、
こちら、第一妃の腹心、賢き近従・シノ殿が。
その手を止めることで、自身の主人へと伝えれば。

 「ああこれは…。」

籐を張った椅子へと腰掛けたまま、
視野に入った構図だけで“何がどうした”を把握なされる、
そちらさまもまた、素晴らしく察しのよい正妃様。
よく気がつきましたねと、それは嫋やかに微笑って見せる。
そんな不揃いという不備のあることへ、
確かな覚えもお在りの妃様だったようで。
自身の髪を艶やかな流し目にて見遣りつつ、

 「こうまで伸びたら、
  もう見分けはつかぬものと思うておりました。」

そうとこぼせば、

 「何の、シチさん。」

キュウゾウ殿は、シチさんの一番のシンパシィも同然。
見落としなんてするはずがありませんと、
寡黙な彼女の代理をした上で
確かめるように“ねえ”とご当人へ訊いて差し上げたのが、
瑪瑙の宮様・ヘイハチ様で。
それへと 勿論、こくり深々と頷いた仕草が、
随分と幼くも可憐な琥珀の宮様だったのへ。
苛烈な気性は覇王様とて御すのに難儀しておいでの、
“烈火の妃”というあだ名が訊いて呆れる…と
仄かに苦笑なさった あねさまたちだったその流れのまま、

 「ほんに、何でもないのですよ。」

ずんと昔に自分で詰んでしまっただけのもの。
でも、そんな短慮は結局周囲を困らせたので、
それを戒めるためにと、そのままにしていた不格好…と。
ほほと微笑った翡翠の宮様だったけれど、

 「〜〜〜。」

ああ、もしかしていけないことを訊いてしまったのかしらと、
遅ればせながら眉を下げて案じてしまった紅眸の妹宮。

 「ほらほら。そんなお顔はおよしなさい。」

キュウゾウ殿こそ、愛らしい軽やかな巻き毛でと、
泰然とした笑み浮かべ、いたわって下さる優しい手へと。
キュウゾウ様の方からも、すべらかな頬を擦り寄せておられた、
やはりやはり、睦まじい妃様がたであったのだった。





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  *チョリ
    http://www.indosarasa.com/fuku/chori01.htm


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